読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

I really want to be kind mom! やさしいママになりたい!English&Japanese

I Want to be a Kind-hearted Mother!  やさしいママになりたい!

やさしいママになりたい!―ギノット先生の子育て講座

How many times have I cried while reading this book.
Japanese title: Yasashii Mama ni Naritai! (I Want to be a Kind-hearted Mother! Dr. Ginott's Parenting Course)
The original title "Liberated Parents, Liberated Children Your Guide to Happier family."
When my husband saw me reading this book, he was taken aback by the title. Are you so angry with the kids? Are you worried? He was worried. lol.
What I understood after reading this book is that the children do not learn from what I say, but they look at what I do, how I do it, and how I live my life, looking for their own ways.
For instance, Mom told the kids to do this as angry and intimidating as a drill sergeant, saying, "If you don't this, no more snacks!"
Or Mom tries to control them by suggesting a quid pro quo. If Mom does any of these, it means that she's telling the kids that they should make a threat or suggesting a quid pro quo to get what they want.
Or when Mom is busy and about to explode, she tries to suppress her irritation with a forced smile on her face (this will not last for long), her message is: life is hard, but you have to put up with it. It's a shame to ask for help.
But when they don't get what they want, I could teach them how to negotiate, how to turn a frown into a smile, how to handle hard feelings such as anger, and all family members help each other by doing them myself.
This way I could teach them life is rather interesting, and that they can solve a problem wherever it arises.
That means that they will learn how to help each other. They will naturally learn that.
This book is written by a mother who took part in a child-raising seminar by child psychologist Dr. Ginott., focusing on her experience.
This workshop attracts mothers in all kinds of situations.
Dr. Ginott listens to what the mothers have to say, explains how the kids felt about what the mother said or did, and reveals what that means to the kids.
In the book, there is a mother who can't change her old ways despite participating in the workshop. As I read this episode, I think that's only natural. She was doing what she thought was best.
After that, she tries something else, and a new relationship with her family is built, and how her son expresses. I shed tears while reading.
The book often touches up on everyday, ordinary episodes.
All mothers, including the author, worry and try something they learn with varying degrees of success.
Each mother improves what she learns and searches for a way to meet her children, finding a comfortable relationship with everyone in her family.
Creating a family relationship comfortable for everyone sounds commonplace, but it's never easy.
Especially, those who didn't grow up with a comfortable family situation (maybe I'm one of them) find it an uphill battle to create a fun family.
Everyday incidents that may never be accomplished and seem to continue forever.
At times I complain, pay a lot of attention, lose my temper, and find a deep feeling about myself for not giving up and trying to face them,
However, usually, I forget all of that, and chase my kids with disheveled hair.
I remember lessons from this book only when I read it, watch the sunset, and feel a bit relaxed.
What I do every day is so trivial that I'm almost sick of it, but I have started thinking that I'm participating the world's future and doing something meaningful when I read the book.
That was a wonderful gift from this book.
I'll quote a bit from the last, wonderful part.

(This is the author's episode after she spends an important time with her daughter, who is troubled)
For a while my daughter held my hand. I kissed her good night, turned off the light, and was about to leave the room.
"Mom.”
In the dark room, I could tell how my daughter was. She didn't know what to say. When she finally opened her mouth, she sounded very calm. "Do you know what I'm thinking?"
"What?"
"If Hitler's mother was you, Hitler may not have been Hitler."
.....
Was she seriously thinking that? I could have changed the course of history on my own?
In fact, my daughter was showing respect. Not just for her mother, but also how humans interact, and the way humans interact which had a huge impact on herself and the family.
I began to think my innocent daughter was correct after all. If so, if the love that is born out of this process is big enough to avoid Hitler, almost everyone has a hope!
I crouched down and kissed her again. "Thanks to you, I want to think more. Good night."
End of quote
Thank you, Dr. Ginott, who lives on a faraway cloud.
Also, I dedicate my gratitude to Adele and Elaine who shared these wonderful stories with the rest of the world as a book.
Ah, I really want to be a kind mom, too!!!

 

やさしいママになりたい!―ギノット先生の子育て講座

この本を読みながら何回泣いちゃっただろう。

原題は"Liberated Parents, Liberated Children Your Guide to happier family"

あまりに題名がダイレクト過ぎるため、読んでると旦那さんもビックリ。
そんなに子どもたちに怒ってるの!?悩んでるの!?と心配されたりもしましたが笑。

私がこの本を読んで理解したのは、
子どもたちは、私が言ったことから学ぶのではなく、私が普段していること、
私のやり方、生き方を見て、自分なりの生き方を模索し学んでいくのだということ。

例えば、ママが「これをしなさい」と言って、子どもたちが言うことを聞かなかったとき、怒りのあまりに鬼軍曹さながらの口調と威圧感で
「それをしないならチョコレートはナシっ!」と脅したり、
猫なで声で言うこと聞いたらご褒美をあげるなどの交換条件で、
彼らをコントロールしようとしたら、

ママは子どもたちに、
”これからの人生で、思い通りにいかないことに直面したら、
脅したり、交換条件を付けて、人をコントロールするんだよ”

ということを伝えていることになる。

あるいは、ママが忙しくて爆発しそうなときに、そのイライラを押し殺して、
ひきつった笑顔で頑張ろうと( でもそれはどこかで破綻する )した場合、
人生は辛くても自分ひとりで我慢しなければならない、
人に助けを求めるのは恥ずかしいことだ、と伝えることになる。

でも、思い通りにならないことがあったとき、どんな風に折り合いを付け、
不機嫌から笑いに変えられるか、怒りなど辛い感情を、どのように消化し、
家族みんなで助け合うのかを、ママである私自身が自ら取り組むことは、

子どもたちに
”人生とはなかなか面白いものであり、
問題が勃発してもあなたにはそれを解決する力がある”

そして
”人と人は助け合うことができるよ”
と伝えることになる。
そしてその方法も、自然に学ぶ。

この本は児童心理学者ギノット博士の子育て講座に参加したママ、この著者の体験談を中心に書かれている。
そのワークショップにはさまざまな境遇のママが参加している。
ギノット先生は、親であるママの悩みを聴きつつ、ママの言ったこと、したことを、
”子どもたちはどう感じたのか”
”子どもたちにとってどのような意味をもたらすのか”
について、丁寧に紐解いていく。

本の中には講座に参加しつつも、今までのやり方を変えることに納得がいかないママも登場する。
私も彼女のエピソードを読みながら思う
そりゃそうだよね、彼女からしたら、今までやっていたことだって、良かれと思ってやってきたことだものね…

そのあと、彼女があることを試みて、家族の新しい関係が構築され、息子の発した言葉に、私も涙が出てしまう。

日常のどうしようもない、本当の話に溢れている。
あくまでもママの目線。
著者を含め、登場するママたちは、悩み、学んだことを試し、うまくいくこともあるし、時には失敗することだってある。
学んだことを、それぞれが工夫し、その子どもたちに合ったやり方を探して、家族みんなにとって居心地の良い関係を模索していく。

家族にとって、そして自分自身にとって、居心地のよい家庭をつくる、ということは、ありふれた話のようだけれど、決して簡単なことではない。
特に自分が育った家があまり居心地のよいものではなかった人にとって(私もそのひとりかな)一緒にいたい、それが楽しいと思うような家族をつくるということは、真剣に取り組むべき人生の課題、挑戦となる。
でもこの達成することない、永遠に続くかのように思える毎日のことに、
できるときにはとても丁寧に、時々ブツクサ言いながら、
たまにはキレちゃうことだってあるさ、でも止めないで、
向き合い続けるということに、深い感動がある。

ただ、普段はそんなことはすっかり忘れちゃって、髪を振り乱して子どもたちを追いかけたりしているわけで。
思い出すのはこうして本を読んだときや、夕日を見たときや、つまりは少し心に余裕があるときだけだ。
毎日やっていることはささやかで、時々うんざりするくらい地味なこと。
でもその中で、大げさなようだけれど、私は毎日コツコツと世界の未来に参加していて、ちゃんと意味のあることをやっているんだと、本を読んでいて思えた。

それがこの本からの素晴らしい贈り物だったように思う。


本の最後の、ちょっと素敵なところを引用。

 

(これは著者のエピソードで、悩んでいる娘との大切な時間を過ごした後のこと)

 

少しの間、娘は私の手を握っていた。私はおやすみのキスをして電気を消し、部屋を出ようとした。
「お母さん」
暗い部屋の中で、私は娘の様子が手に取るように分かった。どう言えばいいのか迷っているのだ。やっと口を開いたとき、その声はとても落ち着いていた。「私の考えていることが分かる?」
「なあに?」
ヒトラーの母親がもしお母さんだったら、ヒトラーヒトラーじゃなかっただろうなって」
-中略-
娘は本気でそう思っているのだろうか。私が一人で、歴史のたどった道をひっくり返せたかもしれない、なんて。
実は娘は、敬意を表していたのだ。母親である私に対してだけでなく、人間同士の関わり方、自分と家族に深い影響を与えた、人との関わり方に対して。
この無邪気な娘の言う通りかもしれないと次第に思えてきた。もしそうなら、もしこのプロセスで生まれる愛情が、本当にヒトラーを防ぐほど大きいのなら、ほぼ誰にでも、希望はあるということではないか!
私は身をかがめてもう一度娘にキスした。「あなたのおかげで、もっとたくさん考えたくなったわ。おやすみ」
引用終わり

 

遠くの空から、ギノット先生ありがとうございます。
そして、これらの素晴らしい話を本として世の中にシェアしてくれた著者のアデルとエレインに、心から感謝を捧げます。

ああ、私もほんとにほんとに、やさしいママになりたーい!!!

 

やさしいママになりたい!―ギノット先生の子育て講座

やさしいママになりたい!―ギノット先生の子育て講座

  • 作者: アデルフェイバ,エレインマズリッシュ,Adele Faber,Elaine Mazlish,森かほり
  • 出版社/メーカー: 筑摩書房
  • 発売日: 2014/02
  • メディア: 単行本
  • この商品を含むブログを見る
 

英語版

www.amazon.com

Fire Monkey

f:id:coccola:20160808012851j:image

Today is the starting of Fire Monkey month in Fire Monkey year.
The Black bird ask me.
-Are you happy?
Yes,I'm happy.
-Are you busy?
-...Yes, everyday I exhausted myself trying to do.
-You're gonna cry sometimes?
Yesterday I was crying outburst in my car.
-Have you been in tears of laughter?
30 minutes before
-And?
I want something to do tomorrow. I hope to see my future fast.
-It's so fruitful.To be continued step by step.

 

丙申年、丙申月
黒い鳥が私に尋ねる。
-幸せ?
幸せです。
-大変?
はい。毎日くたくた。
-泣きたいときも?
時々。昨日も車を運転しながらつい。
-腹をかかえて笑ったのは?
30分前くらい、かな。
-そう。それで?
やめたくない。本当はもっと早く進みたいけど。
-それはいいね。じゃ続けよう。

スーパーは命がけ

そんなわけないでしょ、と思うかもしれませんが、4歳男子(スーパーアクティブ)と2歳男子(ノリ良し声デカイ)を連れてスーパーで買い物をする、というのは本当に大変です。

まず、スーパーに行くには、スーパーにたどり着かないといけないわけですけれども。それには家を出ないといけないわけですが。もうそこから大騒ぎです。
4歳「スーパーでどうぶつのクッキーあったでしょう?アレ、食べたい!」
2歳「食べたい食べたい食べたい食べたい!」
4歳「食べたいね〜もううほうほうほうほッて感じで食べたいよねーマアマァー!〜ちゃんも食べたいって!買ってあげたほうがいいと思うよ!ねー!じゃ、ここからレースしようか!?〜くんは肉食の(?)お馬さんで、〜くんはシマウマね!よーし〜!(もうヨーイドンの態勢に、玄関のドアの前で)」
私つとめて冷静に(雑誌VERYとかに載ってる素敵なママをイメージ)ふたりの手をつないで「いい、みんな、深呼吸しようね、すってー、はいてー、、、はい、コラッそこでよつんばにならないッ(←長男に)。これから歩くところは、車が来るところもあるでしょう?だから急に走っていったりすると危ないよね。車にぶつかったら死んじゃうのよ。ちゃんと周りを見てね、オイッ!なんで今お猿になるの(ふたりでお猿のポーズ)ママの話聴いてるッ?」
靴はいて、ドアが開く、その瞬間に飛び出してジャンプする長男、バンザイして駆け出す次男。
日本の家の前はまだ私道なので大丈夫ですが、そのまま坂を駆け下りようとするのを、ストップ!!!!と何回もいいながら追いかける私。
最近は角のところでは止まるようになりましたが、基本的にそれ以外の場所は走っているので、角に来た、急ブレーキ、右、左見る、そして走る!ということの繰り返し。
スーパーに着けば、変なステップを踏みながら”そんなの関係ねー”とか歌いながら、ちょろちょろ動き回る。大声で「あの人、すっごい疲れてるね、どうしてー?」とか聞く。知らないよ、っていうか本人に聞こえてるよ。なんて言えばいいんだあああああ。
みたいなことが延々と続き、なるべく早くここから立ち去りたい、と思うあまり、買いたかったモノを忘れる。メモを見てたら、そのメモを2歳次男が面白がって、〜ちゃんヤギさんみたいネ(満面の笑み)とかじる、、、
神様助けて。
私の精神状態が普通になるまで、5分、いや、2分でいいから一人でトイレに入りたい。
あーでもここまで書いたらすっきりしました。これはこれで結構楽しい毎日なのかも、ネ。

愛ある結婚は冒険である

 

読みたい本がたくさんあって困っているのに、何度も読み返しては考えてしまう本もある。

"ジョーゼフ・キャンベルが言うには、愛ある結婚は冒険である。"
という本もそのひとつ。

神話というモチーフを使って、世界はひとつに束ねられており、奥底の部分でつながっていることを証明し、だから神話の伝播は徐々にではなく、同時多発的に起こっているのだと話されたキャンベル先生。
つながっているのは目に見える、耳に聞こえる"今話したこと"ではなく、私たちの奥底から湧き上がってくること、つまり"考えていること"がつながっているという話。

2000年くらいからネットが普及して、情報を得ることも発信することも容易に、そして格段に速くなっているけれど、それはつまり、ずっと昔から内面に起こっていたことが露わになったということなのかもしれない。

話は東洋と西洋の集合的意識の話、そしてダライ・ラマの話にもなり、神とはなにか、

でも、題名にもなっている結婚についての話はなかなか出てこない。一番最後に出てくる。

ジョーゼフ・キャンベル(以下C)
結婚とは(中略) 自分を相手に与えるのではなく、二人の関係に与えるのです。
そして自分が相手と同等に関わり合っているのだと気づけば、関係性に自分を与えることは、自分を失う不毛なことではなく、人生を慈しみ豊かにする経験となり、人生を築くことになるのです。
これが結婚の挑戦です。素晴らしいのは人生を共にすることで、標準的な元型にはまってしまうのではなく、成長し続ける人格としてお互いが相手が花開くのを助け合うのです。
人が、クッキー型で作ったようなものになるのはやめて、なにか目を見張るようなびっくりするようなものになってやろうと決心できた瞬間というのは素晴らしいですよ。
トムズ(以下---)
そういったことに気づかないから離婚率が高いのでしょうか?
C 理由の一部ではあるでしょうね。そして冒険を続けられるようにすることです。なぜならあなたが選んだ人が誰であれ、その人を理解できないと必ず思います。その人についてわからないことがいっぱいあって、でもそれは、その人自身にもわからなかったことなのです。そして相手も同様にあなたをわからないと思っていることを忘れないでください。
---そして二人ともずっと変わり続けている。
C ずっと。
---私たちはよく結婚相手を一つの立場に釘づけにしておきたいと思うものですね。
C ひとりでにね。人は結婚とはこうあるべき、こうあって欲しいという固定観念を持っています。それを捨てなければ、愛ある結婚の冒険は手に入りませんよ。二者択一です。そして愛が連れて行く処にあなたの場所があるのです。

冒険って不思議なものだと思います。わくわくするのは、今まで見たことがない、しらなかったところへ出かけていくから?
でも、結局探しているのは、新しい自分の場所なのかもしれません。
さて、私も愛する旦那さまと、そして愛する息子たちを連れて、今日も冒険の旅にでかけることにします。

 

 

ジョーゼフ・キャンベルが言うには、愛ある結婚は冒険である。―ジョーゼフ・キャンベル対話集

ジョーゼフ・キャンベルが言うには、愛ある結婚は冒険である。―ジョーゼフ・キャンベル対話集

国立西洋美術館ついに世界遺産に!コルビュジエさんのつくりたかった美術館

旧姓 五十川藍子として作らせていただいた本

コルビュジエさんのつくりたかった美術館

こちらでご紹介させていただいた、国立西洋美術館がついに!

世界遺産に登録されました。

母校でもある東京理科大学の山名善之先生の建築家ル・コルビュジエのムンダネウムに関するお話から着想を経て、Echelle-1の下田さんからご縁をいただき、マップスの山崎社長のおかげで作らせていただいた本でした。

あのときはいろいろとお世話になりました。未熟モノで本当に世間知らずだった私にあのような機会をいただき、心から感謝しております。

出版当時も世界遺産になるかも、という話はありましたが、何回か見送られ、今回は満を持しての世界遺産登録。

関係者の方々の長い間のご尽力を思いますと本当に頭が下がります。本当におめでとうございます!

そしてこの本にもまた、新たな出会いがあるといいなと思います。

手前味噌ながらなかなか良い本だと思います。どことなくフランスの風が吹く金子ともこさんの絵も素敵ですよ。よろしければ是非ご覧になってください!

 

コルビュジエさんのつくりたかった美術館

コルビュジエさんのつくりたかった美術館

  • 作者: 五十川藍子,ペグハウス,金子ともこ,山名善之
  • 出版社/メーカー: Echelle-1
  • 発売日: 2009/07/01
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
  • 購入: 1人 クリック: 4回
  • この商品を含むブログを見る
 

 

 

遠い声を聴く

創造する、とは遠い声を聴く、ということだ。

少なくとも自分でなにかを創り出している、という感覚ではないと思う。

一生懸命耳をすましている感覚に近いような気がする。

でも、瞑想すれば聞こえるかというと、そんなことはない。

お皿を洗ったり、子どもの制服にワッペンをチクチクつけたり、ものすごい集中力で料理を作ったり、

時間に追われて企画書を作ったり、生活を丁寧にしっかりやる、という先に、ちょっと広場のようなところで一休み。

一杯のコーヒー。

香りたつ匂い。

ちょっと深呼吸。

そんなときに聴こえる声。

それに従うということだ。

一度聴こえたら、もう大丈夫。

時々聴こえなくなることがあるかもしれないけれど、また耳をすませばいいから大丈夫。

そしてこの世の中には創造的でない仕事なんて、ひとつもないから

仕事とは、遠い声を聴く、ということなんだと思う。

言われたこと、見たこと、そのままじゃなく、もちろんそれも受けとめた上で、遠い声が聴こえるかしら、私にも。

TOTEM

昨日はシンガポールでトーテムを観た。

TOTEM - Cirque du Soleil

http://www.sistic.com.sg/events/totem1215

日本でZEDを観た以来。手に汗握るパフォーマンスから、素晴らしい音楽。

ストーリー性を感じる、でもかなり観る側の想像力に委ねられた場面展開。

まるで大自然の中にいるように感じるほど、彩り豊かな衣装や舞台芸術。

4歳の長男には動きが機敏になり、ジャンプが増える、という効果も。

私は、これは命がけの技だ、ということに震撼しており、肩に力が入ってしまい、終わったら心底ホッとした。

確かにとても高いチケットで、そんなにしょっちゅう行けるものではないけれど、こんなオリンピック級のパフォーマンスを次々と、それも心躍るストーリーと音楽に乗せて観られるなんて、とても幸せなことだと思った。

そして、彼らの表情。

パフォーマーの表情がよかった。

演者としての顔と、何かの技を披露する前にチラっと見せる、なんていうのかな、体操競技で演技を始める時の選手の顔。

さあ行くよ、という時に、すぅっと息を吸い込む感じが見れた。

あの顔はいいなあ。自分はといえば、最近、本番、していない気がする。

あそこまで命がけなことはできなくても、なにかの本番をもつというのは、とても大切なことだという気がする。

話は変わるが、シルク・ドゥ・ソレイユ、劇団としては稀有な優良企業だったのに、2012年頃より経営が傾き、今年買収されたのだとか。

ギー・ラリベルテ氏は10%しか株を保有しないことになった。

これもひとつのプロセスとして、シルク・ドゥ・ソレイユが今後も素晴らしい作品を創り続けていくことを、一人のファンとして、心から祈る。